1.24.2015
1.12.2015
一期一会 へっころ谷
先日、茅ヶ崎から鹿児島へと移住した友人ファミリーうっちー&chicoちゃんが数年ぶりに神奈川へと帰ってきたよ と連絡があったので会いに行ってきました。
2人は以前、『茅ヶ崎のチベット』と呼ばれている海側ではなく山寄りにあるお家で畑を耕し野菜を育てて自給自足の暮らし目指しながら音楽活動をしていた夫婦ユニット。
タブラやジャンベ、ベースを演奏するうっちーと、やさしい曲と唄声を聴かせてくれるchicoちゃん。
頻繁に会っていた訳ではないのだけれど落ち着いて大切な話を共有できる特別な友人。
2011年3月。
福島の原発事故の直後、ふたりと電話でやりとりをして
「明日の朝早くまでに荷物をまとめられるなら一緒に鹿児島まで乗っけていくよ。」
と、言ってくれたのに自分は準備をしたにもかかわらず着いて行くことができなかった。
出発の朝、chicoちゃんと交わした「ありがとう。行かれないけれど先に行って。」と互いに涙ながらに交わして切った電話以来の再会。
きっと顔を見たらあの日のこと、まるで戦時中モードで切った切ない言葉を交わした日のことをを思い出して泣いちゃうだろうな、自分。。。
って思っていたのだけれど、
あの頃まだ小さかったふたりのこども百(もも)が大きくなっていたことの方にびっくり驚いてしまい、そしてそしてなんと、二人目のベビーも誕生していて☆
涙どころか......
ふと見渡せばおめでたいことばかりで。
うっちーを軸に繋がり、日頃イベントなどでもちょこちょこ顔を合わせている仲間たちが久しぶりに集まって、短かったけれどいつものように楽しいLiveがはじまった。
アフリカンビートにのせただいちゃんの唄、飛び入り即興ライム、あんたが〜たどこさ〜からの童謡メドレー
アラカリだいちゃんのDIYンゴニは演奏もデザインもどんどんクオリティーを上げていてかっこよかったなぁ。
みんなの演奏のまわりにはいつもこども達の笑顔がある。
踊りあり、太鼓あり、悲鳴あり、熟睡もあり。。笑
今回は全員集まれなかったけれど、またいつかおどらせやとchicoちゃんのライブが観れる日を楽しみにしています。
藤沢にあるとっても美味しいほうとう屋さんへっころ谷
お店に伺うのは多分6年ぶり?くらい。
前回は家族勢揃いのおめでたい周年Partyにおじゃましたっきりだったかな。
わたしはお店の中のとある場所に貼ってある「ことば」をとても気に入っていてずっと忘れずにいたのだけれど、そのことばはもう貼られておらず、この日は上のふたつが。
(こっそり撮影)
ちょうど1年程前に材木座の海でひらかれた塩炊き祭りの夜に、久しぶりに再会したへっころのけんごさんと、鹿児島にいるうっちーファミリーの話でちょこっと盛り上がって「帰ってきたら集まりたいね〜Liveとかいいですよね〜」なんて話をしたことがこの日現実になった?のかも。
思ったことはことばにして話してみるものですね。
それぞれの土地へ移った仲間たち、いまここ で生きているわたしたちのそれぞれ
近況を聞いたり話したりしながら、
みんな新しい地で根をはりはじめて、楽しいことになってきてるねって。
原発事故を機に、それぞれの動きや生活、思いに温度差があった分、
時の流れ方や受け止め方に違いがあったのは事実だと思う。
それぞれの守るべきもののために動いた優先順位の先に新しい生活が生まれたのだから。
何が正解で何が間違ってるとかではなく、それぞれの選択に未来と命はかかっていて。
それは、いまこの時 も変ることのない日々のこと。
それは、いまこの時 も変ることのない日々のこと。
どこにいても根っこの同じ問題とわたしたちは共存している。
まだなにも終わってなんかいないのだから。
この日は沖縄黒糖や北海道の小豆、鹿児島の湧き水、鎌倉の天然塩など自分的に(OKフード)知ってる顔の心ある方々からいただいた安心素材をつかって いちご大福 を手土産に。
1.05.2015
ONENESS MEETING 2014
ONENESS MEETING 2014
2014年の踊り納めはOnenessでした。
心熱いCOREな友人知人が居てくれるおかげで2014年もたくさんのLiveを楽しむことができました。
いま思えばあれは忘年Partyだったのかも?
このイベントでしか再会することのない遠くに住む友達や
普段はバッタリ遭遇できなそうなクリエイターの方々ともお会いすることができました。
縄文トークの中でOKIさんが話してくださった蛇と鏡もちのこと、RabiRabi Azumiちゃんのなぜ「縄文トランス」となったのか、という思いにはどこか共感共鳴するところがあって長いトークセッション?の中でも唯一惹きつけられたポイントでした。
ふたりが各地のLiveをまわった中で、リアルに観て体感した『縄文トーク』のつづきをもっと聞いてみたかったな。
Liveはアルコドがすごく良かった。
タートルアイランドの大好きな曲「宇宙の真ん中」からはじまり、ヨシキくんの爪弾く三線ラインのループ、竹舞ちゃんの全身から溢れ出るトライバルビート。
思わず(心の中でスッと拳を挙げて)踊っちゃたよね。
最後は奈良さんや三線の音色も混ざり合って。
目の前で何が起こるか分からないようなLive好きです。
OKI DUB AINU BAND は大好きなKONKONからはじまり
MAREWREWの唄や水鳥の踊りも。
内田さんのPAで☆
言葉から伝わるものと、言葉を超えて繰り返し響いてくるもの。
何回観てもひとつとして同じLiveはない。
その度その度、受け取る深さも増していく。
やっぱり何事もLiveに勝るものはない。
その瞬間は その場 その時にしか
起こり得ないミラクル。
受け取り合って響き合えること。
良くも悪くも前に繋がりゆく なにか が隠れてる。
ONENESS.
表現て素晴らしい。
共に体感した後にようやくテーマがしっくりストンと降りてくるみたいなね。
2015年も楽しみです。
年末に大好きな人達に会わせてくれた
友人moochyに感謝します。
アフター
ひょんな流れでOKI&福島いわきチームとTOKIO恵比寿の白夜を。
福島の除染のこと、日常、子育て、温度差…
自分では感じることのできないいろいろを知ることができた。
生命、身体を張って生きている同世代たちのリアルな生活と思い。
原発事故後の被害は終わってなんかいない。
現実の数値を聞くと正直驚いてしまうし疑問も浮かばなくはないのだけれど、
彼らは決して悲観的な訳でもなくて、むしろ現実をキャッチしながらも立ち向かい楽しく前向きに生きている。
新しい生命も生まれようとしていて。
自分、まだまだ知らないことばかり。
いままでには知りえなかったことを共有し合える友達・仲間と新たに繋がれたことはとても貴重なこと。
『繋がり、与え合い、シェアしつづけることも大切だと思うんです』
って、別れ際に明るく飛ばされたように交わされた言葉がいまも強く心に残っています。
福島のこと、原発事故後のまだ終わることのない現実世界を、
どこか少し遠くに置き去りにいていたのはわたしなのかもしれない。
居場所は違えど、この小さな島国の住人のひとりとして、
多様な文化を共有し途絶えさせることなく なにか を遺せたらいいな。
誰かの視点と。わたしの視点と。
この平和な世界の中で垣間見える
裏と表を時々語り合ったりしながらね。
おなじ時を生き抜く者同士。
なによりも 楽しむこと、
笑うこと、
音楽、ARTが一番だと。
最後の最後に眩しい朝陽の下、いわきのindyくんより 風神 の手ぬぐいを奉納いただきました。
OKIさんとおそろ。しぶいっ。
風神
ありがとうございました。
********
日頃、気持ち良く踊らせてくれるお世話になっている方々へ
感謝の気持を込めてガトーショコラを届けました。
CAKEの画像は撮り忘れてしまいましたがデコ用のVeganクッキーを。
何故かネギちゃん&OKIさんがふたりで仲良く型を選んで焼いた という設定になっておりましたが。。。笑
「ありがとう。」
の気持を伝えることができて良かった。
伝えたい 思いは
生かされているうちに伝えたい。
なるたけ直接 手から手へと。
2015年もひきつづきはじまってますね。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
11.30.2014
YMO症候群 再来。
もうちょうど1週間前になるのかな、
東京ビックサイトで開催されていた
YMO楽器店2014 へ出かけてきました。
今までに何度も動画で観てきた1979年当時のセットが再現されているということで
広い会場の1枠、その場所を目掛けて。
で、、、
いろいろな楽器展示を横目に早足で辿り着いてみたところ、
松武さんのトークが始まる直前の為すでに入場制限が。。。
制限かぁ。
(制限という言葉を耳にすると制限とやらの壁を全く感じなくなってしまうわたくし。。。)
この日は思いがけず
Tong Poo をLiveで聴くことができました。
なんとなくのこの時の直感で
敢えて『観る』 ことはしないで『 聴く』 ことに専念してみたのです。
Live中、会場に居る人たちが一体となってものすごい熱量が発生していて
体温と気温をぐぐっと同時に上げてしまった。
自分も眼鏡をかけていられない程の
熱気 熱気 熱気........
そして、耳から脳に伝導されてしまったなんとも表現しがたい余韻。。。
これ、YMOが演奏していたらどうなっちゃってたのかしら〜〜〜
(きっとわたし以外の人たちも妄想していたに違いない。)
YAMAHAのブースで何度も触った楽器。
レバーとボタンが懐かしくて欲しくなってしまった。
3.4歳の頃、はじめて通いはじめた習い事がヤマハのオルガン教室でした。
八幡神社の一角にあるスペースで開かれる教室に姉が通っていてそこへ着いて行ったのがきっかけ。
すでに家にはYAMAHAエレクトーンC-200があって、2段鍵盤とベース(当時は立って弾かないと届かない足鍵盤)のある楽器で練習をしてからオルガン、ピアノの教室で習うという循環にとても違和感を感じていた。
そんなモヤモヤのまま多分おけいこごとの流れではっきりせずどっちつかずな練習をつづけ、小学校に上がりようやくエレクトーンに切り替えた。
その後、テクニック向上のために再びピアノの基礎から学び直す期間もあったり、都内の演奏研究会に在籍したりと。。。
その後、テクニック向上のために再びピアノの基礎から学び直す期間もあったり、都内の演奏研究会に在籍したりと。。。
エレクトーンが弾きたかったのか?
と聞かれたら微妙なところなのだけれど、右手、左手、そして足を同時に使う3段の電子楽器にはいろいろな音楽と恩師達との貴重な出逢いをもらった。
すでに完成した一曲の音楽を解体してから組み立てていくという作業も。
その「解体してから創り上げる」という あの頃の感覚が、
大人になってからあらゆる場面で活用されることがある。
大人になってからあらゆる場面で活用されることがある。
全く音楽とは掛け離れた動きや思考の中で。
まったく おもしろい とはこのことです。
なんだか、こうして言葉にして書いてみると
ものすごく頭が良さそ気な(笑)
めちゃめちゃキレッキレな演奏を披露してくれちゃいそうにも見えてしまいますが(笑)
鍵盤の記憶に関しては18才辺りで止まったまま。
ただ、この記憶と感覚がこれまでの様々な出逢いや経験と混ざり合いこれからどういったカタチに形成されて行くのかが最近の予測できない楽しみというかなんというか。
己を未来くらいの視点から客観視して見てみることはとても楽しいです。
10年後くらいの自分は何してるかなぁ。
全然分からないけれど。笑
今いる地点から過去を遡り巻き戻すかのように
これまでの人生を辿ってみると必然的発見があります。
DNAとの結びつきとはまた違った角度から
自身を培ってきた中身をなぞらえてみることができる。
生まれてから生きていく過程の中で、
自分をつくってゆくのは親でもなく他の誰でもなくて 自分自身 でしかないのだから。
これからもふと自分の人生を振り返るような時に
巻き戻しをするのが楽しくなるよな、そんな未来に向かって流れに乗りつつもたんたんとひとつひとつ生きていきたいな⭐︎
あ、またダラダラと書いてしまった!
まだまだ書きたい気持だけど止まらなくなってしまいそうなので
今いる地点から過去を遡り巻き戻すかのように
これまでの人生を辿ってみると必然的発見があります。
DNAとの結びつきとはまた違った角度から
自身を培ってきた中身をなぞらえてみることができる。
生まれてから生きていく過程の中で、
自分をつくってゆくのは親でもなく他の誰でもなくて 自分自身 でしかないのだから。
これからもふと自分の人生を振り返るような時に
巻き戻しをするのが楽しくなるよな、そんな未来に向かって流れに乗りつつもたんたんとひとつひとつ生きていきたいな⭐︎
あ、またダラダラと書いてしまった!
まだまだ書きたい気持だけど止まらなくなってしまいそうなので
きょうはこの辺で。。。
只今、9歳以来に
YMO症候群 発病中。。。
このセットで YMO のLiveが観たいです。
YMO Thousand Knives~Tong Poo Live at The Greek Theater
このセットで YMO のLiveが観たいです。
YMO Thousand Knives~Tong Poo Live at The Greek Theater
ビックサイトからの夕陽。
おなじ時 おなじ瞬間 おなじ時空で
みんな同じ空の下
11.23.2014
11.25.2014
トーべ・ヤンソン展
碧くて深い森と海と
神秘的な白い月に見惚れて
2時間が過ぎてしまいました。
2時間が過ぎてしまいました。
その内にある「深さ」を
色や絵といった目に映るひとつの世界として
冷たくも柔らかくも表現できるということは素晴らしいな。
冷たくも柔らかくも表現できるということは素晴らしいな。
重ねて重ねた彩りに
思い を感じました。
重さと柔らかさの程よい余韻。
トーベ・ヤンソンの描く
『不思議の国のアリス』もよかった。
戦争に触れた作品も。
この日は島と山と森と平和を感じる一日となりました。
この日の午後、トーベ・ヤンソンとジョニ・ミッチェルとがわたしの中でほわほわっと繋がった。
山近く
湖へ行きたい。
山近く
湖へ行きたい。
11.14.2014
夏の想い出
今年の夏
浅間山麓でのストイックライフから急遽町へと下らなくてはならなくなり横浜へと戻る気には全くなれず困り果てていたわたしを、友人が助けてくれました。
ちょうど仕事で広島へと出張に出かける日からの入れ替わりで、お留守番ステイという形で。
深い森の高原地帯から旧中山道〜宿場町の面影を残したままの信濃追分へとワープ。
お家も、出会う人も、近くを流れる小川も、古書のお店も、駅までの途中に見える浅間山も、篭もりすぎず開いてもいない森の感じも…
どれもとても気に入ってしまい、この町なら住んでみてもいいかなぁと思える程に居心地の良い場所との出逢いでした。
この家の主ミカちゃんとの出逢いは 以前、千葉鴨川の友人宅のお留守番をしていて(やっぱりこの時も2匹の猫が居たっけ)その友人がインド旅から戻って来るときに一緒に帰って来たのが出会いのはじまり。
真夜中の はじめまして〜 だったのを今でも良く覚えてる。
実際にはまだあまり遊んだことがないのだけれどポイントポイントでビビッと通じ合えちゃうようなところがあって。良きタイミングで会える友達の中のひとり。
『flower of life』フェイシャルマッサージをはじめエナジーワークの施術をしている一方、今回泊まらせていただいたお家では、北欧の食器やグラス、カトラリー、世界の民藝品、特に布物、タペストリーはとてもセンスの良いものが展示してあったり、お母様のセレクトした日本の古き良き時代の骨董品などもあったりと幅の広いアンティーク雑貨を扱っています。
。。。はっきり言って隠れ家サロン。
音楽の趣味も自分と良く似ていて
夜のひとりキャンドルナイトが楽しみで仕方なかった程。
中でも Jaco Pastorius のこのアルバムは良く聴いたので
他の場所で耳にしてもこのお家でのことを思い出します。
朝は陽当たりのよい三角の屋根裏部屋で
少し窓を開けたまま小川のせせらぎのを感じながらMeditation.
宮下昌也さんの作品がしくっり馴染んだペパーミントグリーンの空間で
キルトを一度まっさらに解いては配色をあらたに組み直してみたり、
本を呼んだり、マントラを唱えてみたりと、
早起きして陽がかげる午後まで良くこの場所でのんびりと過ごしました。
型にはまらずにいろいろな なにか がクリアに ぽんっ!と生まれてくるような
そんなインスピレーション溢れる空間。
いい時の流れは、棚の上に組まれたクリスタルグリッドのおかげだったのかもしれません。
陽が差し込む屋根裏部屋ってやっぱり憧れる。
こちらの隠れ家的お家サロン。(←勝手にそう呼んでいる)
だらだらと夏休みの日記調に書いてしまいましたが、
とにかくお気に入りの素敵な場所。
知人友人であればタイミングによってはレンタルも可だそうです。
近くにあるお蕎麦屋さんの
蕎麦団子が絶品すぎてそれだけのためにでも訪れたいほど。
初めて歩いているようで、
あれ?遠い昔にもここに一度、訪れたことあるなぁ。
って場所ありますよね?
追分はそんな気持にさせてくれる
懐かしいようでいて
ずっと前から知っていたようなそんな感覚になるところ。
来年はお祭りの頃に合わせて来れたらいいな。
いろいろな土地で温かく迎え入れてくれる友達や新しいつながりに、
改めて心から感謝します。
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